014:幻想文学/読んでる本

横になるのは眠るため、

座るのは夢を見るため、

立つのは考えるため。

 

 ――という文言を、『アルクトゥルスへの旅』という幻想文学をめくっていて見かけたんだ。

 

 他にも、僕のなかにいる双子の妹が、彼女のほうが僕より強かったので、僕は性別の定まらぬところから「男」という選択になったのだ――といったような物語が挿入されていて、とても印象に残ってる。

 

 借りてこなかったんだけど、いつかまた読みに行こう。

 

 借りたのは同じ世界幻想文学体系のなかの『カシオペアのψ(プサイ)』という本なんだけど、   な ん だ こ れ は。

 

 図書館でなんか惹かれる本を手に取った。

→理解できないけどなんかすげえ。

→さっぱり今の自分では判らないだろうけど

 世の中にはこんな本もあるんだなぁ…!

 

 といった、小学生の頃みたいな、なんというか本に軽く超越されている、未知との遭遇みたいな出逢いが、この本で……、

 

 なんだこれは、  宇宙文学?

 

--

 というところで最近読んだ本など書いておきます。

 入院をまたいでるし、メモなどもなく。

 

 記憶に強いものから、また随時付け足すと思います。

 感想もちょいちょい。

 

■きっと忘れない3冊

『食べない人たち(「不食」が人を健康にする)』

  秋山佳胤,森美智代,山田鷹夫 *再読

『あなたの出身星がわかる本』ファルス

『死後体験2』坂本政道

 …まちがいなくこの順番で読んで正解でした。

  食べない人たちは3回くらい、機を改めて読み、結局6日くらいほとんどものを食べないで過ごすなども体験しました。

  今は一日一食でも楽に生きてます。

  出身星の本、確かに……ハマりすぎちゃっていろいろ面白かったのですが、今思えば「良い(分別ある)子は真似しないでくださいね」的な文言を付け加えたいことも……。

  死後体験、アメリカのモンロー研究所というところのヘミシンクプログラムについて。

   すごすぎ……。

  この『死後体験2』をすんなり読むためにでも、スピリチュアルでも神秘思想でもなんでも漁っておくべきです、時代の最先端すごい。

 

 

ナグ・ハマディ文書i 救済神話』荒井献,小林稔,大貫隆

『僕はこう生きている 君はどうか』鶴見俊輔×重松清

 ……本気で読んだ(読んでる)。

 

 

■記憶にある漫画

『訪問者』萩尾望都 *再読

『KATANA 襲刀』かまたきみこ

『天鏡のアルデミラン(1)』

『A-A'』萩尾望都

『合法百合夫婦本』伊藤ハチ

CANON TEXT Opening』夜麻みゆき (すごく好き)

 

■めくった程度

日本会議の研究』菅野完

ダンス・ダンス・ダンス(上)』村上春樹

テイルズオブゼスティリア(上)』

「美術手帳」2.5次元特集

『魔術師の月』乾石智子

ヘタリア世界遺産

燃えよ剣(上)』司馬遼太郎

 

『ヒュペーリオン -ギリシアの隠者』(ゆっくり読んでる)

ヘルダーリン詩集』(癒し)

ヴェニスに死す』トーマス・マン

 

『ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」』

『精神的珈琲世界』

 ……ありがたい知り合いが送ってくれた本です。

   私にはウニヒピリは早かった(?)ようです……。

013:勇気、力、真実

 鶴見俊輔さんと重松清さんの対談、

『ぼくはこう生きている 君はどうか』

 を読んだ。

 

 今年ははじめての、鶴見俊輔さんのいない夏だという。

 去年、亡くなられたそうだ。

 

 時代の中で、腹の底に叩き込まれた信念を通した人たちがいる。

 明治維新だって何だって、今の人は陰謀だとか騒ぐけれど、やっぱりあの江戸末期に立ち上がった人たちは、私(たち)と同じ人間として、すごいものを腹に持っていた真の「エリート」たちだったのだ、と痛感した。

 

 それで殺されてしまった人もたくさんあろう。

 中江兆民の子どもが、満州電鉄ができてとか何たらの時代の中、ずっと北京にいて時代を見ていた、という話にもとても感じ入った。

 

 鶴見さんご自身は、戦争に行ったけれど、信念を通せた、殺さなかった、というようなことがさらっと出てきた。

 やはり、どんな時代性の暴力、嵐に巻き込まれたって、それに流されていろいろなものを殺したり、いろいろなものを犯したりしてしまっては……、その罪悪はその魂が一生涯背負ってしまうことになるだろう。

 それは、とても厳しいことだけど、その人がその人として、腹にどれだけ信念、本性を持っていられたか――そういうことが、嵐の中で揺れて変わっていく自分を、どんな状況下でも自分の魂らしく支えてくれるのだろう。

 そんなことを考えた。

 

 あとは、日本が三流国としてどう生きていけるか、ということ。

 その国の弱さ、強さ。個性。それを、周りとの関係の中で、役割として果たして行けるのだろうか。

 国境を取っ払うとか、愛国心ナショナリズムとか、よりも、そういう考えの中で(今までの、そしてこれからの)戦争と平和を考えていくべきなのだろう。

 

 どんなにすごい人になっても、鶴見さんにはもう会えない。

 すごい人になっていなくていい。会える人には、会っておきたい。

 身近な人にだって、それこそ、すごい人にだって。

 

--

 

 小保方晴子さんに手紙を書いた。

 何度目かの挑戦で、やっと書けた。

 届くといい。読んでくれるような心持ちであられたら、いい。

 

 それでも大学の簡単なレポートが書けない。

 自分の中、命を削るほどストイックなところと、頼まれても、あるいは具体的に金になる仕事でも手につかない、というところがあって、

 別にそれでいい、と思ってきた。

 それでみんなから置いていかれる。

 

 でもそうだろうか。

 

 人の顔を憶えるのが苦手で、「すみません憶えられなくて」とへらへら笑ってきた。

 でも、憶えている人の中には、すごい努力をして、その出会いの時にすごい力を込めて、憶えたような人もいるだろう。

 それはその人にとって明らかに益だ。

 

 努力について、

 何の努力もなしに、好きなことを突き詰めていくだけで、持って生まれた才能やいいところだけ持って走る、それだけで豊かに花が開くと、そういうことは確かにあるだろう。

 それはとても力を抜いた生き方で、

 ある意味、野性の動物のようなものに感じる。

(そういう生き方を、新時代、ニューエイジの人たちは勧める)

 

 それは豊かなことだ。

 今の、そして生まれてくる子どもたちにそれを望むのもわかる。

 

 だけど、立派な人というのは、絶えずーー電車をいつだって乗り換えて、飛び降りてでも、世のため世界のために、戦ってきたのではないのだろうか。

 

 瞬間瞬間問いかけて、虚しさを持て余す暇もなく、時代を、与えられた生を生き抜いたのではないのか。

 それが、たとえ芸術の分野であれ。

 

 それで初めて越える境地というのがあろう。

 

 私にできるのは、

 私がしたいのは、

 瞬間瞬間、思い浮かぶたくさんの選択肢の中で、最もつよいもの、最もよいもの、最も自分の益になり、神様の理に適っていることをできるように、踏み出していくことか、と思う。

 具体的な、この立ち上がった、一歩を。

 

『ぼくは

 こう生きている

 君はどうか』

 

 光の子となるために、光を信じよう、という。

 光の子たれる確信があったならば、

 日々出会う人に、今までも今からも声を伝えあう相手に、真摯に、愛すること生きることを、聞いてみたい。

 

 愛のこもっていない愛の言葉なんてなんの意味もないんです、といったようなミカエルの言葉を見かけた。

 マザー・テレサが「愛の反対は無関心です」と言ったのは、日本の寂しい社会を目の当たりにしてのことだったともいう。

 

 日々出会う人に、生きること、聞いてみたい。

 でも、

 日々出会う人は、日々生きるこの一歩で、いくらでも変わっていくんだ。

 

 昨日だってあの鞍馬の旅の人に話しかけるあの一歩がなかったら、あんな一日もなかったのだ。

 今日は手紙が出せてよかったと思う。

 

 私は「ここ」にいて、

 光の子たらんと問い続ける一歩を、

 いつかのそのときに、初めて誇れたら、いいと思う。

 

--

 タイトルの三つ「勇気、力、真実」は、「聖闘士神話~ソルジャードリーム~」の一節(笑)……只野菜摘さんすごい。

012:そんな英語で大丈夫か

 唐突にカミングアウトしておくと、臨死体験からの入院を経て、巫女的な能力の獲得があり、去年はひいこらしてました。

 専門家・医師によっても巫女だのクンダーリだの、この間の入院は熊本地震で影響を受けたんじゃないのだの……。

 

(でも、病院にいると、話す相手の不調部位に共鳴して痛みを受けてしまって、大変つらかったです。笑)

 

 

 まぁそれはさておき、

 昨日の今日で鞍馬さんに参拝してきました。

(……いや、忘れ物があったので、受け取りがてら)

 

 ノリと勢いで、走って頂上まで行きたいくらいの勢いで今日も登って、頂上で「鞍馬の神さま」へ挨拶を済ませ。

 

 と、外国の方にお会いしました。

 

 比叡山の見える頂上、昨日、虹が出ていた場所です。

 話しかけてみると、これから温泉へ向かうところだとか。

 

 いっしょに下山することになり、

 つたない英語で、雑談。

 深い森なので、Miyazaki's Princess Mononoke〜!とか。

 大杉(ご神木)は英語的にはなんたらかんたら〜と。

 

 さて困ったのは

 

「魔王之碑」

 

 …………。

 

外国の方「なんてかいてあるの?」

俺「魔王、……で、でーもん」

外「ほわっつ!?」

俺「Oh, NO!!! Ummm, ...!!!

  ゲーテ! ゲーテ! ファウストゲーテ

  じゃなくて、Oh, シューベルト!」

外「………???」

俺(Wikipediaシューベルト「魔王」の項見せる)

 

   『魔王』(まおう、Erlkönig)

 

外「Ummm………???」

俺「うむぅ、……

 There are テイルズ、

 Long long ago、

 魔王 from ギャラクシー

 in this mountain」

 

 わ れ な が ら ひ ど い 。

 そんな装備(英語)で大丈夫か。というエルシャダイ的な声が聞こえてきそうだ。

 

俺「Ummmm、

 He is バイブルにはいない(と思う)!

 He is Not Satan!!」

外「Oh, YES;)」(的な)

 

 

 帰りがけ、まぁさすがに調べたよね。

 常識的に考えて、「魔王 英語」で調べればよかったんだよね。

 

 しかしまぁ、「魔王 英語」 適訳:なし

 

 LuciferさんとDevil、Satanが同一かどうかだって、神学的に大論争になっている箇所ですよ。ミルトンの失楽園は創作なので。

 

 知恵袋さんには「Elf King」というような斜め上を行く訳も。

 (指輪物語クラスタは帰りの電車で爆笑が抑えられずに苦しむ)

 

 …………?

 鞍馬の魔王さん(神さま)は何もんなのです?

 

 

 先ほど母に相談したところ、

「遠い昔、金星からSpiritが降り立った、

 それをKingとしてKuramaの人々はお祀りした」

 を英語で言えば? だそうです。

 

 たしかに、一番、ニュートラル……。

 余談ですが、フランス語圏の方は「Ku"r"ama」の発音がとても難しいようです。

 

 I must learn English......

 マジックザギャザリング(カードゲーム)を教えてもらおうにも「英語は読めますか?」から始まる時代だ……。

 

---

 

 それはそれとして、星がよく見えました。

 居合わせた人が教えてくれたのは、火星と金星。

 

 あとは家で調べると、アルクトゥルス、北斗七星あたりが見えていたようだ。スピカ、レグルス、ずっと伸びてプロキオンあたりも。

 

 ベガ、アルタイル、デネブーーいわゆる夏の第三角はわからなくて、でも次に見る機会があったら、その三つがわかれば天の川がわかる、かも、しれない。

 

(居合わせたその人によれば、鞍馬も山の上まで行けば、天の川は見えるでしょうねとのことでした)

 

---

 

 ……?

 ヒンドゥー教のサナト・クマラという名前を出せばよかったのか……?(魔王について)

 

 そして唐突ですがエルシャダイがやりたいです。

 あとサモンナイトのサントラ、加藤いづみさん曲について語りたくてたまりません。太陽が呼んでいるから。