017:夏に読んだ本等

ボロボロのスクラップ&ビルトでも、激動の過渡期にこんな細い糸ででも、重ねて積み上げていくことが、

 

結局は未来や別の存在に 繋がる行為とはまったく関係がないのだとしても、

 

積み上げたものそのものには 物理的な時間の量が加算されていくなかで 重み・厚みが増えて それが「力」になることも あるのだと思うので。

 

 

--

 夏はあまり本を読みませんでした。

 でも人生にかつてないような(身体的に)元気な夏で、猛暑がまったく苦にならず、いろいろ出かけられてびっくりしたよ。

 

 あと、自分でなにか生み出すことに熱中している時期は、情報の吸収にはあまり向かい合えないようです。

 

 

『前世療法―米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』ブライアン.L.ワイス

『霊ナァンテコワクナイヨー』美輪明宏

 前世療法、感想は割愛、しかし面白い本でした。

 美輪さんのほうは凄まじく整合性立ってて精神霊的世界の情報も多いのですが、作法・心構えのようなものも相当厳しい/徹底した/現代のスピリチュアルや葬式仏教的宗教観で見聞きしない本格さを感じる一冊でした。

 

 

異類婚姻譚本谷有希子

 今年初めの芥川賞作含む短編集。夫婦の問題も深刻なのですが、個人的には「ペットの始末」という深刻テーマにうぎゃーという……。

 二作目、雪の町の〈犬たち〉の話がすごく印象深いです。

 

 

『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』永田カビ

『世界一周ホモのたび』サムソン高橋, 熊田プゥ助

 どちらもエッセイコミックとはいえ、比較してはいけない深刻さ/軽さのふたつなのですがーー、「大学の授業で紹介されてた」シリーズで。

 前者は本当に作者の生きづらさに共感やら泣きそうやら、よくこんなに他人に説明できるくらい明瞭に、そんな人生の嵐のような数年をまとめたものだなぁ、と。キャッチーな「風俗行きました」はひとつの出口でしかなくて、人生の谷底から踏み出すあらゆる道を提示してくれるような、そんな勇気をくれるエッセイ/作者さんでした。

 後者は「なか見」の時点でなる「うぉぁ」という印象そのまま、かと思いきやいきなりプーケット津波に流された話から始まるなど、作者さん(?)の相当びっくりする人生が垣間見られる、といったほうが感想としてしっくりくる。

 

 --

たぶんちょいちょい書いたけどマンガも羅列

『A-A'』萩尾望都

『櫻狩り』渡瀬悠宇

赤髪の白雪姫(1)』あきづき空太

 

 赤髪の白雪姫、あれからずっと気になってしまってだな。早見沙織さんをはじめ他のOP/ED曲にもハマって幸せに浸ってます。続き読めよと自分に言いたい。

 宇宙モノ短編集の『A-A'』は最終作「きみは美しい瞳」が……、受け止めきれない……。

 美しい(心の清い)人間のもろさとか、あるいは人間が五感世界を認識するときにいかに視覚というものを拠り所とするかについて、相当深いところまでぞっとさせる作品でした。

 

(あと相当前に読んだんだけど抜けてたような)

『MAMA(6/完結)』売野機子

俺様ティーチャー(1)〜』((12)あたりまでか?) 椿いずみ

 

 『俺様ティーチャー』が面白すぎて面白すぎて、しかし自分が「『俺様ティーチャー』くらい面白くないと続き読みたくない!」とか言い出すんだったらちょっとそれはハードル高すぎではと(以下略)。

 どうでもいいけど学校に「うさちゃんマン」の仮面が再現されてかかってる。いい学校や。

 

(めっちゃ最近)

『プラチナ・エンド(1)』大場つぐみ/小畑健

それでも世界は美しい(1)』椎名橙

『テル・セル(2)』遊行寺たま

とりかえ・ばや(9)』さいとうちほ

『天賀井さんは案外ふつう(2)』城平京/水野英太

 

 個人的には「天賀井さん〜」は相当の問題作なのですが、いや自分では謎の中毒性でハマっちゃうし、しかし他人に「これの面白さまったくわかんないんだけど」と言われても大きく頷くだろうし(笑)、

 

 たぶん『スパイラル~推理の絆~』のファンだから、くらいの理由ではついていけなくて、城平氏推理小説デビュー作『名探偵に薔薇を』を読んでやみつきになったからとか(それもはやただの信者やんけ)、  その割に『虚構推理』はまだ読んでない。

 

  ジャンプSQの感覚/ノリ/時代観はしばらく楽しめなさそう(心洗われる花ゆめ世界に逃げていたい/笑)、しかし『プラチナ・エンド』の主人公を見て思うのは「親の(よい)教育ってすごい」でした。

 

 うーむむむ、

「少女マンガなんて読まない・読むとしても『誰でも楽しめる少女マンガ』系」派からいつのまにか、「少女マンガか、『少女マンガ好きでも楽しめる少年マンガ』しか読まない」になってるようなラインナップだな(汗)。

 

追加

LOVELESS(10)』高河ゆん

 相当、物語の展開まで含めて作者の感性で描かれている作品だったんだな、と久しぶりに読んで実感、この巻は震災の年に描かれた数話だというのもあるのかな。

 おまけマンガにガンダム00の刹那たちが……、比べてみるとそんなに似てない。ていうかLOVELESSキャラたちが00キャラたちを「一刀両断!」て感じで評していくの、めちゃ怖い。マリナさんを「ああいう女がヤバいんだよ!」みたいな、おぅぉ。

016:なんとはなしに思うこと

いちど生まれたら 死ぬまで

自我は途切れることもない。

 

いつしかみんな、それが普通のことになっている。

もとよりずっと普通のことだったかのように。

 

生まれる前、死んだあと

今思っている自我でなくなっているはずの期間も

悠久の時 何千年、何万年、もしかしたら何億年を

意識はずっと 今と同じように目覚めている。

まどろむことはあっても……。

 

いちど生まれてみて 今に至るまで

表層意識ですら あまり途切れない。

 

表層意識のままでいても 今は

「永遠」とか「心の中の宇宙」と普遍的に呼ばれてきたものを

自我から伸びる精神構造のモデルとしてひとたび把握したように

感知し、心の有り様によって 触れることができる。

 

そこまで おそらく生前や死後の意識と近い感覚に

立つようになった自我というものは、

もうきっと 死んでからも 途切れることもなく

その自我であり続けうる意識になったのかもしれない。

 

案外、

スピリチュアル的な「覚醒」「目覚め」というものも

言ってしまえば そういうことなのかもしれないと思う。

 

 

離脱体験だとか、

高次の自己というものの認識、融和だとか、

あるいは日々の感情の体験を把握するようになることとか、

「魂の意識に目覚める」という道には、いろいろな標識がある。

 

 しかし目に見えない世界の嵐が過ぎてみれば、

  

(まだ私の視座は 深く 現実にあって

むきだしの魂のまま ほかの 悠久の自我を泳いでる人たちに

向き合うことはできずにいるけれども、)

 

(あるいは日々の感情の体験の中では、

東洋宗教的な「悟り」や、ヘレニズム哲学の考察した

感情を見つめる境地に 常にいられるわけではないが、)

 

ひとたび得た いくつもの その精神構造モデルたちは

びっくりするほど頑丈で普遍的なもので、

 

(ほとんど 図画でしか描けないようなものたちだが)

 

自我に組み込まれて、もう、離れないように思う。

生きていて 現実の深度をめまぐるしく浮沈していく中、

あるいは魂が 悠久というスパンにさらされる中、

自己というものがこれから どれだけ刷新されても、

それが磨耗することは ないように思う。

 

 

--

性別というものについて考えていたんだけど、なんか、こういう話になっていっちゃうんだ。

 

ルドルフ・シュタイナーがさらっと書いていくような、魂/霊/身体それぞれの性別というものの有無について考えていたんだけど、

 

要約すれば「心の中の宇宙をいつも感じてる」とか、そういう言葉で感覚的にぱっと言えるようなことに着地しただけかもしれない。